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2007.12.お題は「2007年」

お題 「2007年」
篠原

2007年という年は、私の記念すべき30代突入1年目の年でした。
三十路に入ると何か変わるのかどうなのか、入る前は色々考えたものですが、入ってみたら結局何も変わらなかったような気がします。
何事も、急激には変わらないものですね。

世間的には今年を表す一文字は「偽」ということで、それを見ても、あまり良い年ではなかったのかもしれません。
亥年は災害が多い年と言われているようですし。
身近なところでは中越沖地震がありました。
ぐわんぐわん揺れたときにはさすがにちょっとおろおろしましたが、被害が出た震源近くはそんな我が家の比ではなく、付近を通りかかるといまだにブルーシートで壁や屋根を覆った建物を見掛けます。
復興はまだまだこれから。原発のこともありますし、来年も続いていく問題なのでしょう。
数年が経った中越地震も、地震で不通になった道路で今年ようやく開通した箇所があります。
先日通ってみたら、崩れた跡はそのままにしてあり、ぐにゃぐにゃに曲がったガードレールや途中で途切れた歩道が見えました。
来年は、何事も無い年になると良いなと思います。

篠原おうじゅとしての今年一年は、まあ相変わらずぐーたらぐーたら、切れ切れの更新でやって参りました………(すみません)。
しかし、そんな相変わらずな私にも去年とは一味違うところがひとつ!
このサイトを作れたことです。
去年、一ファンとしてなおいさんにこそっとお送りしたメッセージから始まったお付き合いが今年こうして確かなカタチになったことは、本当に嬉しいことでした。
実際サイトを作り、こまめに手を入れて下さっているなおいさんには本当に感謝です。ありがとうございます。
いつも口ばかり出して手が出ない相棒ですみません。2008年も、見捨てないでくださいね。

それでは皆様、良いお年をお迎えください!
お題 「2007年」
なおい

この一年を振り返って思うことは、まず、自分について、日々体力の衰えを感じ、メンタルな部分でも悪い意味で年を取ってしまったなあと痛感しました。
なんていうんでしょう。積極性というのが無くなってしまったような。今年は妙に守りに入って生きていたような気がします。
無難な意見、きっと誰もが賛同するであろう意見しか考えられなくなってしまった自分。
それではあまりにもつまらない。発想とか創作とかいう観点からしたら、もうとてつもなく落ち目です。

ですので、来年からの私は何か殻を破るようなことをしたいなと思います。自分で自分を面白いと思えるような、そんな生き方、考え方を模索してみたいと思うのです。


社会的なことは、はっきり言ってあまりよく憶えていません。ニュースできっと今年の総集編などをすると思いますが、そのときに「あー、そんなこともあったなあ」と思い出す程度でしょう。(唯一、新潟地震だけは、しのはらさんは大丈夫か!!とびっくりしましたが)
ですので、どんな会社の偽装があったとか、誰が亡くなってしまった、デキ婚した、なんていう話題はおいておいて。

やはり、一番大きいのは、誰かと一緒に何かを作り上げることができたこと。
このサイトをしのはらさんと一緒に作ろうと思ったきっかけは、単にしのはらさんが好きだったからで、
「しのはらさんと一緒にサイトを作ったら、一番にしのはらさんの作品を読める!」という邪心に過ぎなかったりするのです。
でも実際はそんな単純なものではなく、色々と面倒なサイト運営を一緒に頑張ってくださったことを思うと、とても嬉しいと思うと同時に感謝の気持ちを持っています。
こんな場所でなんですが、しのはらさん、どうもありがとう。2008年も頑張りましょう!







2007.11.お題は「旅」

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お題 「旅」
篠原

家族旅行が嫌いでした。
何故かといえば、旅行というと必ず、道中で一度は両親が喧嘩するので。
そう頻繁に旅行に行く家庭ではありませんでしたが、たまに「旅行行くぞ」と言われると、実はこっそり、(行かなくていいのに……)と思っていた可愛くない子どもでした。
子どもを持つみなさん、楽しい時には、多少相方に苛ついても我慢です!
でないと、楽しいことを楽しいと思えない子どもが出来上がります(笑)
だから、という訳ではありませんが、ひとり旅が好きです。
海外にひとりで行く勇気はありませんが、国内であれば、ひとりがいい。
そして、移動時間は長ければ長いほどいい。
目的地に向かって、ぼんやりと電車やバスや船に揺られているその時間が、たまらなく好きなのです。
目的地に着いて、観光スポットを歩き回るのは、実はあまり好きではありません。
だから、鈍行列車長距離バス大好き。たとえ、目的地に着いた時にはへろへろになっていようとも、そんなことは大した問題ではないのです。

学生時代、10年後の自分の目標像は、という質問に、
「旅に生きる放浪人生。そうでなければ、地に足ついた公務員生活」
と答えたことがあります。
いつまでも目的地に着かない、常に道の途中のような、すべての物事を置き去りにして許される代わりに決まった居場所はない、そういう生き方に憧れていたのかもしれません。
帰る場所があるから、そういうことが言えるのだろうなあと、地に足がついてしまった今は思いますが。
お題 「旅」
なおい

家族を持つまでは、正確には子供を産むまでは、友人同士、身軽にいろんな場所へ出かけました。全国の遊園地や温泉地、スキー場、お寺巡り、韓国、バリ島など。

しかし、妊娠発覚直前のバリを最後に、遠出は殆ど無理になりました。出かけると言えば、親戚の家へ車で行く程度。
さらに離婚すると、もう車もなく、子供が学校へ行かない土日に電車でどこかへ出かけるというのは、ものすごい覚悟が必要です。
人ごみの中、すぐ迷子になる子供2人の手を引き、やれ「しんどい」だの、「喉が渇いた」だの言うのを聞きながら、交通機関を探すのは、神経も体力も使い果たします。
おかげで、旅行は皆無に(笑)。
免許は持っておくべきですね。子供を連れて行くのは車に限ります。免許さえあれば、車はなくともレンタカーという手もあるわけですから。
今年の夏は付き合っている方に和歌山に連れて行ってもらい、久々に旅行を楽しみました。
やっぱり、旅はいい!

ということで、まだ子供をお持ちではない全ての方に一言。
今のうちに精一杯旅を楽しんでください。
ファミリーでの旅行もまた楽しいのですが、独身の時のように景色や施設をしっかり楽しめる時間は、子持ちには少し得難いです。

そして……。
「僕が子供を見てるから、君は友達と旅行へ行っておいで」
そう笑顔で言ってくれる旦那様を、是非、見つけてください(笑)







2007.10.お題は「尊敬する人」

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お題 「尊敬する人」
篠原

尊敬する人は、お母さんです。

と、言っても、私の母ではありません。いや、私の母でもあるのですが、世の中のお母さんみんな。
何故かというと、私にとって、平和な人生にも起こりうる恐ろしいことナンバー2である「出産」を経験しているから。(ちなみに恐ろしいことナンバー1はやっぱり「死ぬこと」で、ナンバー3は「ジェットコースターに乗ること」。ナンバー1以外はどうにかやらずに人生をやり過ごしたい……。)
産んだ後の母親業の方がむしろ大変なのでしょうし、それを普通の生活の中で日々やり遂げていらっしゃることこそ尊敬すべきなのかもしれませんが、私は個人的に、出産というものにものすごい恐怖感を持っているので、まずその経験に対して尊敬を抱いてしまいます。
街でたまに「おいおい、親として子どもの目の前でそれはどーよ」と思うマナーの良くないお母さんを見掛けることもありますが、子どもを産んだという点に関してだけは、そういう人であっても無条件で尊敬できます。
自分には到底できないことを自然にやってのけてしまう、そういう人が尊敬の対象になる訳ですが、私にとって、その自分には到底できないことの筆頭が出産なのでした。
そのうち、ものすごく頑張って私が子どもを産む日が来たら、それも変わるのかもしれませんが。
すごいぞお母さん。


ちなみに私には、身近な異性に対して尊敬を抱くと、大抵、だんだん恋愛感情との区別が付かなくなってくるという危険な傾向があります。
たぶん全然恋愛ではないのですが、なんとなく相手を好きになってしまったような気分になってしまう。
これまでそれで致命的に勘違いしたことも、勘違いさせたこともありませんが、気を付けないとごっちゃにしてしまいそうです。
恋愛と尊敬は、かなり近い位置にあるのかもしれません。
お題 「尊敬する人」
なおい

私は、フェミニストの方には申し訳ないのですが、実は心のどこかで男尊女卑の意識があります。
男は偉い、女が劣るという、そういうはっきりとした考えではないのですが、例えば男性も女性も同じように働く現代、女性の中にも優秀な人はたくさんいらっしゃいます。
その姿を見て、偉いなあ、カッコイイなあという意識もあるのですが、どちらかというと、家族を守るためには「労働」という選択肢しか無い男性の方に、敬意を持つといいますか。
もちろん、現代の一部の若者のように、楽に生きようとして労働を拒否する男性まで、尊敬しているわけではありません。
ですから、男尊女卑というよりは、「労働に携わりその身を犠牲にして生きている人」を尊敬する、といったほうが正しいでしょう。
そして、男尊女卑という言葉の中には、男は強く、女を守れという意味もあります。
私の理想の恋愛の形は、国王と国民という形です(笑)。
国王のような絶対の力を持ち、そしてその民の平和を守る、それが男性であって欲しいのです。女はその国の民となり、国王を尊敬し、守られて生きていくという。
あー、なんか恋愛論になってしまいましたが(笑)。
そういう感じです。

男性は弱くなったと言われて久しいですが、結局まだ圧倒的な割合で世帯主なわけで、大黒柱なわけです。あまり自由もなく、オカアチャンに財布のヒモを握られて、鵜飼の鵜のような生活を繰り返して。
それでも、がんばっている、そんな男性を私は尊敬します。
そして、守られるべき女は、決して劣っているからではなく、愛されているからだと信じたいのです。

そのたった一つの選択肢「労働」を、命かけて勤務している人々、彼らを心から尊敬します。
ミスチルの「彩り」ではないですが、労働している全ての人が、社会を作り、家族の笑顔を作っているのだとしたら、とても素晴らしいことだと思うからです。

だから、ガンバレ、ニートたち!
ガンバレ、愛すべき子供たち!







2007.9.お題は「インターネットと私」

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お題 「インターネットと私」
篠原

インターネットというものが世間一般に普及し始めてから、実はまださほど時間は経っていないと思うけれど、その影響力たるや凄まじく、功罪について考え始めたらきりがない。
経済、教育、社会現象、犯罪、その他色々、すぐに思い付くだけでネタは山ほどあるけれど、私個人の生活にも相当な影響を及ぼしている。
情報収集も、買い物もオンライン。
私の場合、人生の相方もインターネット経由でつながった相手だし、友人との付き合いももっぱらSNSとメールだし、インターネットがなかったら人生が変わっているところだ。
そして何より、ホームページという場を持てたこと。
約二十年前、私が物語を書き始めた頃、自分が書いたものを誰かに見せるには、それを書いたノートを回覧するしかなかった。
少し成長すると、印刷して製本して配る、という方法も身につけた。
でも、こうやって、自宅にいながらにして大人数に、しかも遠く離れた場所にいる人にも一瞬で自分が書いたものが届くなんて、その頃には想像もしていなかったと思う。
書くだけではなく、読むのも今や私は半分以上がオンラインになった。プロと遜色ない作品から、どう読んでもたどたどしい作品まで、色々あるけれど、そういう色々なものをそのまま読めるのはとても楽しいものだ。
売れる売れないとか、上手い下手とか、そういうある意味どうでもいいフィルターがかかる前の創作の世界を覗き見ることが出来るから。
もちろん、お金を払って買うものであれば、あんまり下手なものは困るし独りよがりなものはごめんこうむるけれど、書き手としては他の書き手がどういうものをどういう風に書いているのか、生の状態で読めるというのは貴重な場だ。

私にとってのインターネットって何だろう。
本。ノート。電話帳。雑誌。手紙。電話。イベント会場。新聞。テレビ。
そのどれでもあるし、どれでもない。
でも、私の生活と人生の一部を占めていることは確かだ。
もしも、ある日突然インターネットが全面禁止されたら……
それでもそれなりに楽しく幸せに生きていける気はするけれど。
案外、うきうきと印刷を始めるかもしれない。
お題 「インターネットと私」
なおい

インターネットに接続できるもの、パソコン。今や、携帯でも、PSPでも、DSでも接続はできるのだが、主流はやはりPCである。
この端末機器を手に入れていなければ、私は、もうずっと昔に書くことをやめていただろう。

最初は就職のため、ワードやエクセルを勉強するのに必要でパソコンを買った。2002年春ごろである。そして、ネットに接続したのは、随分後2003年春ごろとなる。その間、ネットは私にとって不要だったのである。
ネットに接続した理由は、なんと、コープのお買い物がネットでできるようになったということ。
それまでFAXだったのが、ネットでできて、しかもポイントが溜まる! これはいいことづくめだ。
そうして、私はお買い物としてネットを利用し始めた。
次に検索機器として使用し始める。辞書代わりである。ニュース代わりにも読むようになる。
当時、ブラウザのホームはMSNだったので、そこでのコミュニティとかチャットなどというものに興味を持ち始め、初めて、そこで、ネットをしながら人間と関わった。
バーチャルな世界なのに、より生々しく現実を語り合う仲間ができて、私はリアルよりもネットの中に自分の悦びを見出した。
恋愛もしたし、出会い系でチヤホヤされるのが楽しかった時期もあった。SNSで何十人と友達ができて、疲れてしまったこともあった。
物語を書くことは、当時2004年、ネットの友達を亡くしてから、サイトを持つことで自分を維持していこうと考えたために、なんとなく始められたものである。
ネットからは逃げられない。でもネットの中には自分が頼る人はいない、そのことが苦しくて、ただ、孤独な作業を選んだという感じだった。
ネットでは、作品の出来不出来に関わらず自分の作品を世に出すことは可能だ。
けれど私は自分の作品を世に出したい、評価してもらいたいがために書き始めたのではなかった。
多分、友達を探すために書いているのだと思う。物語を書いていると、自然にその人となりが出てくる。だから「なおいみひろ」が書くものに共感してくれる人を探しているのだろう。
そういう意味で、篠原おうじゅさんと逢えたことも一つの幸せだ。
私はうまくも無い文章をさらけ出してまで、ネットで温かなふれあいを探している。







2007.8.お題は「最初の恋と最後の恋」

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お題 「最初の恋と最後の恋」
篠原

最初の恋=初恋。
初恋とそれ以降の恋で違う部分といえば、読んで字の如く初めてかそうでないかというところで、初恋が特別な理由もそこにあると思う。
何もかもが初めてだから、全部が特別で、それは新しい世界に出会う扉のような経験だ。
でも、その次からの恋は、全部が初めてな訳ではない。初めてのこともあるかもしれないけれど、大筋は知っている。扉を開けたその先の部屋で、小さな引き出しを開けてみたり、それまで気が付かなかった落とし物を見付けたり、といった感じで、初めて扉を開けた時の衝撃には及ばない。
まあ、中にはひとつの恋ごとに別の部屋の扉をばんばん開けて行く人もいるのかもしれないけれど、ひとつの心でそれをやったら身がもちそうにない。

最初の恋が入り口だったとして、じゃあ、最後の恋は何なんだろうと考えると。
何なんだろう?
私は、自分に「これが最後の恋だ」なんて自覚をもつ日が来るとは到底思えないので、最後の恋というやつがどんなものかも想像がつかない。
私が「これが最後だ」と思う日が来たら、それはたぶん、その恋のために自分が命尽きると確信した時なんじゃないかと思う。
死なないと落ち着かないのもどうかと思うけれど……。
仮に、この先人生まだまだ長いけれどこれが最後でいいや、と思う日が来るとしたら、それはどんなものか、一生懸命考えてみた。
ひとつの可能性は、出口の恋。
もう、恋なんて部屋からは出ていく、と決めて、外に飛び出していくもの。
でも、どれだけ手痛い失恋をしても、それが最後の恋になる人は、ごく少ないんじゃないかと思う。臆病になったり、反対に攻撃的になったりはするかもしれないし、もうこれが最後だとその時は思うかもしれないけれど、本当に最後になるのは限られたケースのような気がする。
出口じゃないとすると、何なんだろう。
たとえると、その部屋の中で、落ち着いて眠ってしまえるような感じかもしれない。
もうどこにも行かずに、この場所でぬくぬくとうたた寝をしていたいなあと思うくらいに快適な空気をもたらしてくれるもの。
おやすみなさいの恋。

でもやっぱり、私は死ぬまで懲りないんだろうな。
お題 「最初の恋と最後の恋」
なおい

最初にする恋は、多分ではあるが、自らの価値観がまだ明確に定まっていない時分に芽生えることが多いのではないだろうか。
自分というものがどういうものか、まだわかっていないのだが、とにかく相手に惹かれる。なんとなく考え方が似ているとか、あるいは真逆で全く理解できないから気になるとか、相手に惹かれる要素は多種多様だ。
新鮮で、キラキラ輝いていて、ワクワクして、妄想を止められない。
まさしくファンタジーの世界。

ところが、少しずつ大人になり、自分という人間がどういうものかわかってくると、どういう恋をするかがわかってきてしまう。
私が思う一般的な恋の進化とは、実は退化であると思われる。

経験を重ねる毎に、どういう人に惹かれるか、それはなぜかがわかってくるのだ。
傾向を知ると、対策をたてやすい。
落ちやすい穴にはまらぬよう、予防線を張ったり、不利な恋をしないよう、駆け引きを憶えたりする。
そうして、だんだんと、似たような人を好きになり、似たような展開の恋をし、似たような別れ方をしてしまう。
なんとなく恋に新鮮味を感じなくなり、片想いしていても、冒険するより諦める傾向が強くなってしまう。

ところが、この法則にあてはまらない相手が出てくるのである。
恋には慣れたはず、もうはしゃいだりしないはずの自分が、相手の行動に振り回されて、一生懸命ついていく。身を削ってもそばに居たい人を見つけると、恋はぐんと変わってくる。
自分本位の恋から、相手本位の恋に変わる。


最初の恋で、自分の気持ちを満たすための恋、自分を知るための恋、自分を成長させるための恋を経験する。

最後の恋は、死ぬまでいつ来るかわからないが、一つだけいえることは、その恋は、自分と相手の双方の気持ちを満たし、お互いをよく知り合い、自分も相手も成熟しているときにできる恋だと思うのだ。そしてその素晴らしい双方向コミュニケーションに、初恋のように、新鮮な喜びを得るはずである。







2007.7.お題は「『いい女』を考える」

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お題 「『いい女』を考える」
篠原

これまで女性として数十年間生きてきて、「いい男」の話なら飽きるほどしてきたし、自分にとっての「いい男」の物語も山ほど書いてきた訳だけれど、ふと考えてみると、「いい女」とは何たるかなんて、話したこともなければ考えたこともなかった。
自分自身「こうありたい」と思う姿はあっても、それは女性としてというよりは人間として目指すところなので、「いい女」像ではない。
物語に男性を出す時、「彼はイイ男だ」という設定なら良く考えるので、どう書けばいい男に見えるのか=いい男とはなんぞや、という部分はけっこう突き詰めて考えてみるけれど、女性を出す時、「彼女はイイ女だ」なんていう設定を考えたことはない。
(私の書く物語に出てくる女性はだから、「女」になる前であるか、パセリ=ただのいろどりであるか、の、どちらかなのかもしれない)
なので、改めて、「いい女」とは? と考えると、なかなか難しい。自分は女性なのに、妙な話だ。
「いい女」の概念が私の中では男性視点を基準にしているのかもしれない。
前置きがやたら長くなってしまったけれど、じゃあ改めて、私の視点で「いい女」とはどういう女性かと言うと。
外見は、特に注文がないような気がする。美人じゃなくても、いい女はいい女のはずだから。
結果、結論は、「常に等身大の女性」だった。
背伸びもしない。謙遜もしない。嘘はつかない。表に出す部分と出さない部分のバランスがちゃんととれている。そういう女性。
ちなみに、そんなの男女関係ないんじゃないかと思われるかもしれないので付け足すと、常に等身大の男性は、私の考える「いい男」では、断じて、ない。
「女性」でありながら「等身大」であるところに「良さ」がある、と、思う。
お題 「『いい女』を考える」
なおい

いい女という響きには、カッコイイ女という意味と、魅力的な女という意味の二つがあると思う。
前者であるカッコイイという言葉からは、男に媚びない、自分のことをよく知り、知恵のある女性を私は連想する。
後者の魅力的という言葉からは、カリスマとして女性からの支持がある人々を思う。生活を楽しみ、幸せをもコントロールできる、独自のスタイルが美しい女性。
前者と後者の違いは、前者はがんばっても真似できないのだが、後者は形から入るので真似することができるということである。

いい女たちは、男性だけでなく女性からもモテモテで、いつも選ぶ立場にいる。選択し、人生を自分の手で切り開き、苦も無く進んでゆく。私たちは彼女たちを追いかける、あるいはただ遠くから見ているだけで、ため息をつく。
あなたのようになりたい。世の女性たちに、そう思わせる人は、間違いなくいい女だ。
しかし、彼女たちは笑顔の裏で、一生懸命努力をしている。それらの努力は多岐にわたり、その苦労を知られまいとする。
いつも愚痴を言う、辛いからとサボる、嫌な付き合いからは逃げる、面倒なことはしない、そんな私たちからは、想像もできないような努力だと思う。
ではなぜ、いい女はいい女になったのか。いい女になるぞ、と思って自分を磨いた人もいるだろう。しかし、いつのまにか周りから評価されていたという人は、作り物ではない本当のいい女としての輝きがある。
その輝きの元となるものとは、「強さ」ではないかと、私は推測する。そして、弱点を分かっていて見せないようにする、「プライド」の存在ではないかと思う。そして苦労しているからこそ、身についている「他人への思いやり」が、いい女をよりいっそう美しいものにするだろう。





2007.6.お題は「なぜ書くか」

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お題 「なぜ書くか」
篠原

登山家は良いなあと思う。
なぜ山に登るか、と聞かれたら、「そこに山があるから」という回答のお手本があるから。
どうして書くの? と聞かれても、私にはどうにも答えようがない。
お金がもらえる訳でもなく、時間が有り余っている訳でもないのに、ぐるぐる悩みながらどうして書くのか。山に登るのと同じくらい、不毛で無意味なことだ。
自分が読みたいものが本屋さんには無いから自分で書いている……というのが、自分の実感に一番近いかもしれないけれど、それは正解ではない気がする。
書くことで何かを成し遂げようとか、自己実現しようとか、そういう大それた目標もない。
書くのがものすごく好きかと言われると、実はさほど好きでもなかったりする。むしろ、書かずに済むなら済ませたい。
じゃあ、なぜ?
きっと、なぜと聞かれても理由はないのだ。
私が私だから書いている、ということ。
物を書かない私は、私ではないから、だから私は書いている。
たとえば仕事を辞めても、どこかに引っ越しても、名前を変えても、私に変わりはないけれど、物を書かなくなったらそれは別人だから。

そんな個人的な理由で書いているものを、紙に印刷して配ってみたり、ホームページを作って大公開しているのには、きっとまた別の理由があるはずだけれど……理由はどうあれ、そうして一緒の趣味の人と出会ったり、読んでくれた誰かが一時幸せな気分になってくれたりするのなら、まあ、なけなしの時間を使ってうんうん唸りながら書いて出来上がりを読み返してがっかりして、なんていう不毛なこの戦いにも、お釣りが余るほど来るというもので、だから物書きはやめられないのだ。
お題 「なぜ書くか」
なおい

それはまさしく妄想癖を具現化するツールとして、書くという行為があるのではないだろうか。
恋愛小説であれば、恋愛を楽しみ、青春小説であれば、甘酸っぱい思いを楽しみ、ファンタジーであれば、夢の続きを考えるように果てしない旅に出ることができる。
書くことでキャラクターに命が吹き込まれ、私が動かさなくとも勝手にしゃべってストーリーを決めてしまうことさえある。
それを見ているのもおもしろい。親のような心境である。

そして、書かずにはいられないときもある。現実からの逃避というマイナス要因もあるにはあるが、大抵は、「浮かんでしまった」ときである。
主人公が、印象的なシーンを経て、結末にたどり着くまでの話が一瞬にして浮かぶのだ。
こういうときは思い入れも強く、最後までイッキにということもある。

余談ではあるが、最近は体力のせいか(笑)遅筆が目立っていて、読者の方には大変ご迷惑をおかけしている。わかっていただきたいのは、体調もあるし書きたいというパッションが燃えているか否かで、筆の進みが違ってくるということだ。
現在は「書きたい」、そういう情熱に包まれている。私生活も多忙ではあるが、がんばっていきたい。

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