こんな男性像が好き(なおいみひろの場合)               <<Back  <<Home

 彼の身長は私より10センチほど高い。
 ガリガリの体躯はひ弱な感さえある。体重も知っているが、実は、私より軽い。

 私は知らず知らず、彼を気にしていた。あまり自覚はなかったけれど、どうも彼が職場に初めて顔を出した日から始まっていたかもしれない。ずっと目で追っていた。
 そして、自分の気持ちに気付いたときも、誰にも言えなかった。恥ずかしいとか、そういうことを通り越して、倫理的にどうだろう、などと思ってしまう。


 彼は、5歳年下のアルバイトくんなのだが、なんだかいつもマイペースだった。
 名前を矢岡(やおか)つばさと言った。22歳。大学を中退して職を転々としているようだ。つまらなそうに下を向く顔には、頬に影ができて顎のラインもくっきりと浮き出ている。
 この仕事は昼間の11時から夜の11時までで、シフト勤務。時給は820円。でも、その後、クラブのスタッフとして繁華街で早朝まで仕事があるらしい。
 日本人ぽい重い奥二重に、上がった眉。やや短めのまっすぐな髪が意志の強さを感じさせる。

 人とあまりしゃべりたがらないのに、周りからはやたらと絡まれている。多分、あまりにも頑ななオーラが出ているので、みんながからかっているのだと思う。ウザイという表情と、しょうがないから合わせてやるか的な表情とがごちゃ混ぜになって顔に出ている。
 たいてい、不機嫌。ちょっとよくて、無愛想。
 仕事が嫌なのかなと思って、私は声をかけてみることにした。
 私は、このお好み焼き店の、二人しかいない社員のうちの一人。店長の次で「チーフ」と呼ばれているのだが、本来、店の人的配置などの仕事は私が取り仕切らねばならない。
 仕事を理由にしているが、感情はまさに好奇心。

「そんなことないっすよ」
 低い声で、彼はただそう繰り返す。
「ほんと? ならいいんだけど。もし、嫌なこととかあったりしたら、教えてね。私に言いにくいことだったら、直接店長に伝えてもらってもいいし」
 店の中で彼の明るい顔を見たことがないのは、少し悲しい。理由を知りたいと強く思った。
「大丈夫ですよ」
 彼はそれだけ言って、私の元を離れた。
 弟よりも年下の矢岡くんを、どうしてこんなに気にするのか、これは、母性本能っていうやつなのか?
 そんなことを考えていた私に、古いバイトの武田くんが、色々と教えてくれた。
「矢岡はね、あれは単に寝不足です」
「え、そう???」
「そうです」
 武田はそう言い切ったのにも関わらず、まだ面倒臭そうな顔をしていた。
「それと、あいつねえ、ウチの店の子に複数告られてましてね。それがウザイみたいですよ」
「あ、そ、モテるんだ。あ、そうなんだ、複数……?」
 私は驚いて、矢岡くんの後姿を見つめた。
 意外だった。マイペースだし、ひ弱そうだし、冷たそうだし、大人気ないというかわがままそうだし、どうしてそんな矢岡くんがモテるの??? しかも、まだ、バイト始めたばっかりじゃないの。
「なんで、モテるの?」
「俺に聞かれてもわかんないっすよ」
 武田くんは苦笑いをしていた。


 その日の夜、私は上がりが9時で、ちょうどというか、タイミング悪く、矢岡くんと同じ時間に更衣室兼事務所にいた。着替え終わった矢岡くんが、事務所でタバコを吸っていた。私は「お疲れ様」と言ってから、奥の更衣室でロッカーを開けて着替えていた。天井は事務所とつながっているので、矢岡くんのタバコの臭いがかすかに漂ってきた。
「木内チーフ」
 突然、矢岡くんの声がした。
「え、なに?」
「俺がモテるの、不思議ですか?」
 矢岡くんが、笑いをかみ殺しているような声を出した。
 武田くんが矢岡くんに、私が言ったことそのまま伝えたんだ。武田くん……もう。ため息が出る。
「いや、複数の女の子から言い寄られてるって言うから、すごいなぁって思っただけよ」
「ほんとですか?」
 事務所にも更衣室にも私たち以外、誰もいない。
「ほんとよ。なんで? 何があるの?」
「嫉妬とか」
 私は目が点になった。
 言葉を発することができずに、私はさっと着替えて、更衣室を出た。そして矢岡くんの表情を見ようとして、声をかけた。
「矢岡くん?」
「えっ!!」
 矢岡くんは俯き加減で静かにタバコを吸っていたところで、私の登場に驚いて身体を硬直させた。
「じょ、冗談ですよ、チーフ」
「冗談なの?」
「あ、はい」
 困ったように固まっている矢岡くんを、私はまじまじと見つめていた。
 そのとき、初めて、苦笑ではあるが、矢岡くんが笑っているところを見た。

 柔らかい表情。
 落ち着いた雰囲気は、少し、年齢よりもも大人びて見えた。
「まあ、それはどうでもいいんですけどね、チーフ」
 矢岡くんはタバコを灰皿でもみ消して、すっと立ち上がった。
 一転して無表情になり、じっと私を見つめた。
 彼の視線からは、心情を読み取ることはできなかった。
「なに?」
「相談したいことがあるんですけど、これから、ちょっと飲みに行きませんか?」
「え?」


 まさか、それが矢岡くんの手口だなんて、私には知る由も無かったので、私はまんまと子ねずみのように簡単に罠にかかった。
 私は確かに、矢岡くんに対して、何かの感情を持っていた。
 でも、そのあやふやな部分を、接近戦で揺すぶられるとは思ってもみなかった。矢岡くんは、私の感情を見越しての、確信犯的な行動だったようだ。
 あのときの武田くんの話も、実は作戦の一端だったのではないかとさえ、疑う。ということは、もしかして、モテたりしないのか? 
 確信犯でかつ、知能犯でもあるということか。


 私としては、5歳も下のフリーターを相手に、嫁入り前のいい年をした女が、こんな状態でいいのか悩むところだ。でも、今はどうしても彼から、離れられない。なにもかもが彼と一緒だと、新鮮に見えるからだ。
 不思議な行動。不思議な見解。不思議な発想。
 矢岡くんの発する言葉は、私の予想と合ったことがない。
 こんなに、頭の中を予想できない人は、初めてだった。感心すると同時に自分の平凡さに呆れてしまう。

 とりあえず、好き。

 でも、身長175cmで体重51キロというのだけは、なんとかしてほしい。

このページの素材はMon petit bambin様からお借りしています。        <<Back  <<Home