チョコレート
こんな男性像が好き(篠原おうじゅの場合)
私の机の二番目の引き出しは、お菓子箱だ。
新製品のチョコレートからオレオビスケット、ビスコ、のど飴、ビタミンCタブレット、プチおせんべい、マシュマロ、その他もろもろのお菓子たちが、がさがさといっぱい入っている。
おなかが空くと、私はこっそりその引き出しを開けてささやかに空腹を満たすのだ。
事務所の壁掛け時計は、午後十一時を回ったところで、残業しているのはもう私と佐上くんだけだった。しんと静まりかえった事務所に、佐上くんがキーボードをかたかた叩く音だけが響く。
佐上くんは、私の唯一の同期入社だけれど、入社五年目の現在、たぶん私より1.5倍くらの給料をもらっている。有り難いことに男女差別は皆無な会社なので、給料の差はつまり能力の差というやつだ。最近十年の新入社員の中ではダントツの営業成績をあげて、今は入社の時から希望していた商品開発の仕事をしている。私はというと、ルート営業はそこそここなしたけれど、飛び込みがまるで駄目で、今は経理に回されている。
ひとつ向こうの机の島で、佐上くんは一心不乱に手元の紙束とパソコンの画面を睨み付けていた。私の机からは、その彼の俯き加減の顔が、資料の山とパソコンの間から見える。
長めの前髪がうるさそうで、漫才師みたいな黒縁の眼鏡とすーっと通った鼻筋の所為でちょっと胡散臭そうな顔。後輩の女の子は「ああいう顔をセクシーって言うんです」と主張しているけれど、私には胡散臭いとしか思えない。気を付けないと、騙される。
いつも目が合うと、にやりと笑って小さく手を上げてくれる彼は、さすが新人で月間営業成績トップを獲ったことがあるだけの気配りと人あしらいで、私には相当な強敵だ。
いくら気を付けても、そのうち絶対騙されて泣かされる気がする。
私は、気を取り直して手元の請求書綴をもう一度めくり直した。金額が合わないのだ。
たぶん、振込金額を間違えたか、先月入力した請求書をまただぶって入力してしまったかのどちらかだと見当は付いている。振込を間違えたんじゃないと良いな。
ため息をついたら、ココアでごまかしていたおなかが、小さくぎゅうと鳴いた。
いつもの引き出しを開ける。
ごちゃごちゃしたお菓子箱の中から、今の気分を探した。
今日は………m&m。
私は定番チョコレート菓子を取り出して、硬めのビニール袋を開けようとした。
普通、端っこのぎざぎざした部分をひっぱれば、すっときれいに開く、のだけれど、今日はうまくいかなかった。ビニールがちゃんと切れずに、ひっぱった部分が薄く伸びてしまっただけ。
(………あれ?)
私は、少し強めにひっぱってみた。
その、瞬間。
ぶはぁぁっっっ! という勢いで、袋が真っ二つに裂けて、中身の色とりどりのチョコレートの粒たちが辺り一面に向かってばあっと飛び散った。
「んぎゃっ!」
思わずヘンな声が出てしまった。
カラフルなチョコレートがばらばらと私のまわり中に転がるのを、二つに裂けた袋を両手に持ったままお手上げ状態で数秒見つめて、それからおそるおそる視線を上げると、向こうの机から、佐上くんが茫然とこっちを見ていた。
目が合った。
ぽかんと口を開けてびっくりしていた佐上くんは、もっとびっくりして頭が真っ白になっている私と目が合ったら、ふっと笑い出した。最初は我慢しようとしたのか慌てて口を閉じて肩を震わせていたけれど、そのうち諦めたみたいで、机に突っ伏して声を出して大笑いを始めた。
私は、笑うどころじゃない。
びっくりしたのと、チョコレートを食べ損ねたのと、ヘンな声を出して間抜けな顔しているところを佐上くんにばっちり笑われたのと、この惨状をどうやってきれいにしたら良いのかと……とにかく、笑い話じゃない。泣きたいくらいだ。
とりあえず、机の上に散らばったチョコレートを両手でかき集めてゴミ箱に流し込んで、それから床に広がったチョコレートも椅子から下りて拾い集めた。
ううう、金額は合わないし、情けないし、もうどうしてくれよう。
床にへばりついて、ひとつひとつチョコレートを拾っていたら、急に目の前に黒い革靴のつま先が飛び込んできた。
視線を上に上げると、佐上くんが立っていた。
「馬っ鹿だな」
佐上くんが、笑いながらそう言った。
その手には、ほうきとちりとり。
さあっと十秒くらいでそこら中からチョコレートを掃き集めて、ちりとりでゴミ箱に流し込んで、まだ床に膝をついたままの私に右手を差し出した。
その手のひらの上に、キャラメル一粒。
「馬鹿だなあ」
佐上くんはもう一度そう言って、優しく笑った。
チョコレートみたいな、キャラメルみたいな、疲れた時に染み込む甘さで。
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